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繰り返したくないアルミ製錬の悲劇
日本軽金属が蒲原製造所(静岡市)のアルミニウム(アルミ)電解工場の操業を今月末をもって停止し、国内アルミ製錬事業の歴史に幕が下ろされることとなった。高度成長期に大規模産業として隆盛を誇ったアルミ製錬は、2度のオイルショックに翻弄され、1980年代にほぼ壊滅した。その悲劇は新たなエネルギー問題に直面する日本製造業にとって、忘れてはならない教訓といえよう。
アルミは、原料のボーキサイトから製錬して1トン製造するのに1・5万キロワット時の電力が必要で、「電気の缶詰」と呼ばれてきた。アルミナ(酸化アルミ)を電気分解(電解)する工程で大量の電力を消費する。
日本のアルミ製錬事業は、もともと自然エネルギーである水力発電をベースに誕生したが、事業の大規模化にともないエネルギー源を火力発電に頼る構造にシフトした。最盛期の77年には、国内で170万トンのアルミが生産された。
国内の電力料金(産業用)は70年代から80年代にかけての2度のオイルショックによって1キロワット時当たり8円とオイルショック以前の約3倍に急騰した。この結果、当時で1トン当たり約18万円の販売価格のアルミを製錬するのに12万円もの電気代が必要となった。まさに、一夜にして産業としての競争力を失ったことになる。
日本で唯一生き残った蒲原製造所のアルミ製錬工場は、特殊なケースといえる。自家発電(水力)で賄えるサイズに生産規模を大幅に縮小し、用途もハイエンド品である高純度アルミに限定した。しかし、再投資はかなわず生産設備の著しい老朽化を背景に、このほど停止に追い込まれた。
一大事業であった国内アルミ製錬事業の撤退と、海外への生産移転計画に奔走した経験を持つ昭和電工の高橋恭平会長は、アルミ製錬事業の悲劇を振り返り、「日本全体で事業にかかわる数万人の雇用と、それまで積み上げてきた膨大な投資も失った。日本経済に与えるダメージ、損失は凄まじいものがあった」と語る。
日本の経済成長に貢献して雇用を支える製造業の多くは、エネルギーコストによって競争力が大きく左右される。諸外国に比べてエネルギー価格が割高であれば、国内で製造拠点を維持することはできない。11年の東日本大震災以降、新たなエネルギー問題に直面することとなった日本は、将来のエネルギー供給構造を早期に提示しなくてはならない。その際、エネルギーコストに十分配慮して将来像を描かなければ、アルミ製錬の悲劇が繰り返されることを肝に銘じるべきだ。