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震災復興へ高まる医薬品業界の役割
東日本大震災ではさまざまな医薬品の供給が被災地でひっ迫した。救急医療に使う麻酔剤、止血剤、鎮痛剤、抗生物質などをはじめ、高血圧や糖尿病など慢性疾患の治療薬も不足し、十分な医療を提供できない状況に陥った。持病を抱えていたり怪我をした被災者も多く、底知れぬ不安を抱いたことだろう。生命・健康にかかわる医薬品の供給が途絶えることはあってはならない。
医薬品の大半はメーカーから卸、卸から医療機関・薬局へと流れる。この流通システムは血管のように全国に張り巡らされ、ライフラインとしての役割を担う。しかし巨大地震・津波による道路の分断、ガソリン・軽油不足、医薬品卸の拠点被害などで流通網に支障が生じ、災害医療需要に供給が追いつかない事態が起こった。
日本医師会は震災発生から5日後の3月16日に東京都内で緊急記者会見を開き、被災地を視察した医師が深刻な医薬品不足でパニックが起きかけている状況を報告した。被災者の3割が高齢者で、持参薬が切れた人も多くいたという。処方薬を入手する手立てがなくなったからである。
こうした事態に医薬品業界は迅速に対応した。卸は震災直後から緊急医薬品や配送手段の確保に動いた。日本製薬工業協会は14日に災害対策本部を設置し、卸の協力を得て必要な医療用医薬品が安定的に供給できるよう最大限努力していくとの会長声明を出した。日には米軍の協力を得て横田基地から抗菌薬、高血圧薬、糖尿病薬など約10?を仙台と花巻の両空港に空輸し、24日は陸路で70?を追加輸送した。後発医薬品や一般用医薬品の業界団体も同様の緊急対応をとった。
被災地の医薬品不足は急速に解消に向かい、卸ルートの流通網も正常化してきたことで混乱は収まりつつある。だが、これで終わるわけではない。厚生労働省の5日の発表によると、被災地では148の派遣医療チーム、計655人が活動している。災害医療は長丁場になるだろう。医薬品業界は社会的な使命としてこれを支えていかなければならない。
大日本住友製薬は5月1日に震災復興支援室を設置し、社員によるボランティア活動、寄付活動、物資支援などを継続的に推進していくことを決めた。こうした企業単位の支援活動を広げていくことは、社会的貢献としての側面だけでなく、患者志向を社員に徹底していくことにもつながるだろう。大震災は医薬品の安定供給がいかに大事なものかという点と、医薬品企業の存在意義を改めてあぶりだしたのではないか。