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2015年03月27日 前へ 前へ次へ 次へ

リー・クアンユー氏の遺したもの

 "巨星堕つ"。シンガポール元首相、リー・クアンユー氏逝去の報に、そのような感慨を持った人も多いだろう▼弊社最初の海外支局はシンガポール、15年前のことだ。当時首相はゴー・チョクトン氏。だが、リー氏は国にとって重要な局面では自ら動いた。マレーシアとの水の供給契約では、マハティール首相と直接交渉し、自ら決断した。カジノ導入でも、決め手となる意見をあるコンファレンスで語った▼同国は今年、建国50年を迎える。独立と言っても、マレー連邦から追い出されたような分離独立。資源はなく、市場も小さい東南アジアの小国をアジア有数の経済大国に育てた業績は大きい。化学産業発展の基礎となったシンガポール石油化学(PCS)も、この人なくしては成功しなかっただろう▼上級相時代の講演をテレビで見たことがある。「私は4種類の国家を歌った」。4つは英国、日本、マレー、そしてシンガポールだ。「5つ目は歌いたくない」。世界有数の貿易港、アジアの金融センターに押し上げ、独立時516米ドルだった1人当たりGDPを、5万5182米ドル(2013年)に高めた原動力はこの危機感ともいえる強い思いなのだろう▼1998年発行の回顧録は精悍な顔が表紙を飾っている。一人の人間の可能性の大きさがその表紙から伝わってくる。明後日、国葬。


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