2015年10月の記事を読む
2015年9月の記事を読む
2015年8月の記事を読む
2015年7月の記事を読む
2015年6月の記事を読む
2015年5月の記事を読む
2015年4月の記事を読む
2015年3月の記事を読む
2015年2月の記事を読む
2015年1月の記事を読む
2014年12月の記事を読む
2014年11月の記事を読む
2014年10月の記事を読む
2014年9月の記事を読む
2014年8月の記事を読む
2014年7月の記事を読む
2014年6月の記事を読む
2014年5月の記事を読む
2014年4月の記事を読む
2014年3月の記事を読む
2014年2月の記事を読む
2014年1月の記事を読む
2013年12月の記事を読む
2013年11月の記事を読む
2013年10月の記事を読む
2013年9月の記事を読む
2013年8月の記事を読む
2013年7月の記事を読む
2013年6月の記事を読む
2013年5月の記事を読む
2013年4月の記事を読む
2013年3月の記事を読む
2013年2月の記事を読む
2013年1月の記事を読む
2012年12月の記事を読む
2012年11月の記事を読む
2012年10月の記事を読む
2012年9月の記事を読む
2012年8月の記事を読む
2012年7月の記事を読む
2012年6月の記事を読む
2012年5月の記事を読む
2012年4月の記事を読む
2012年3月の記事を読む
2012年2月の記事を読む
2012年1月の記事を読む
2011年12月の記事を読む
2011年11月の記事を読む
2011年10月の記事を読む
2011年9月の記事を読む
2011年8月の記事を読む
2011年7月の記事を読む
2011年6月の記事を読む
2011年5月の記事を読む
2011年4月の記事を読む
2011年3月の記事を読む
2011年2月の記事を読む
2011年1月の記事を読む
2010年12月の記事を読む
オウム真理教と戦った過疎の村
オウム真理教がマスコミに登場する機会が増えたのは1990年頃だ。同年に真理党を結成して衆議院選挙に集団立候補、奇抜なパフォーマンスが注目された。その当時、地下鉄サリン事件を引き起こす狂気の宗教集団と予想できた人は少なかっただろう▼オウムの非合法活動は90年前後から始まっている。その一つに熊本県波野村(現阿蘇市)の教団施設用地の不法買収がある。そして人口2千人程度の過疎に村に、数百人の信者の住民登録を要求して村役場に押し寄せた▼当時を知る関係者によると、オウムの閉鎖性は徹底しており、村民や親が信者と対話しようにも、教団幹部が絶対に許さなかった階級社会だったという。村民は教団拠点の動きを交代で見張り、オウムの違法行為を体を張って阻止した。信者の住民登録を認めたら「オウム王国」の治外法権になった可能性もある。住民の戦いは歴史に留めたい▼地下鉄サリン事件に至るまでにオウムの起こした事件の数々に身の毛がよだつ。「信教の自由」が捜査の二の足を踏ませたことは否定できないにしても、オウムの凶暴性の情報は入手していたはずだ▼人権で保障されている信教だけに、宗教団体の扱いは微妙な問題が絡む。世界で狂信的宗教による事件が相次ぐ。サリン事件から20年、世界はその解決策を見いだしていない。