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ピンポン外交の名選手荘則棟さん逝く
荘則棟さんが亡くなった。日本では知らない人も多いだろうが、卓球王国・中国では国民的英雄だ。1961年、63年、65年と世界選手権の男子シングルスで3連覇を成し遂げた▼それまでの"右打ち・左押し"という前陣速攻のスタイルから発展し、"右打ち・左打ち"というスタイルを確立した。簡単にいうと、フォアもバックハンドも振り切って強打する。ペンホルダー型のラケットを握ったことがある人ならご存知だろうが、バックに来た球は押し返すのが精一杯。振り切って、正確に相手コートに返すのは"E難度"だ▼「若き日の自分にとって日本選手が先生だった」。荘さんは、自身の快挙の前に二度世界選手権を制した荻村伊智朗氏らが出演した『日本の卓球』という映画に刺激を受けたという。日本人に私淑した荘さんによって、その後の卓球王国の土台が築かれたと思えば、日中の縁の深さに思いいたさずにはいられない▼敵対関係にあった米国との関係正常化につながった71年の「ピンポン外交」の立役者としても知られる。これが翌年のニクソン大統領の訪中につながった。日本との交流にも積極的で、現役を退いてから日本人女性と結婚している▼日中両国は尖閣沖の射撃レーダー問題で対立の度を深めている。荘さんなら、どんな球を返せと言うだろう。