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中央アジアの政治地図を変えるモンゴル
モンゴルが欧州安全保障会議(OSCE)に加盟、という小さな外電が目にとまった。地政学的にみればモンゴルはアジアの一員という通念が刺激される▼今年は草原の蒼き狼、チンギスハン(成吉思汗)の生誕850年、首都ウランバートルでは盛大に記念行事が行われたようだ。モンゴルという集団(部族)が歴史上、名を表すのは7世紀らしいが、13世紀初め、チンギスハンが一帯の部族を平定、モンゴル帝国をつくる。その後、中国北部から中央アジア、イラン、東欧までその版図を広げ、歴史上最大の帝国を築いたのは周知のとおりである▼帝国はその後崩壊するが、その子孫たちはロシア、中国のみならず、カザフスタンなどの中央アジア、アフガニスタンなど「ユーラシア大陸」に住み続けている。英雄チンギスハンの生誕記念は、ユーラシア国家としての意識を共有する場でもあったという▼モンゴルが人民共和国から「モンゴル国」となったのは、1992年である。今回、OSCEに加盟したのは、ユーラシア国家としての強固な自負心が背景にあったとする指摘がある▼ユーラシアは、地下資源の宝庫だ。チンギスハンの「遺伝子」が中央アジアの政治地図を変え、新たな経済連携が進む可能性もある。世界のなかで胎動する動きをとらえたい。