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人と話題 有機合成薬品工業 東京研究所長 中川貴洋乃さん
同社初の女性研究所長
医薬品関係を中心に成長へ向けた要を担う
アミノ酸、化成品、医薬品関係を3本柱に特徴ある原材料を供給する有機合成薬品工業。現中期経営計画の基本方針として、医薬品関係を成長ドライバーに位置付けた拡大を掲げている。その要となるのが東京研究所。「切れ目なく続くテーマに対して、限られた資源を有効に活用している」と語るのは、今年6月、女性初の所長に就任した中川貴洋乃さん。
副所長からの就任だが、「歴代の所長は年齢的にも上の方々で、次は自分だと思っていなかった」。その意味で大抜擢であり、全社的に進める若返りの一環でもあった。
東京研究所が基本的な製造プロセスを手掛け、常磐工場内にある生産技術部門がスケールアップ・量産化を担う。研究所は医薬品関係が中心だが、化成品やアミノ酸関係も含めた全般を手掛けている。
中川さんは1991年に入社し、すぐに東京研究所に配属。当初、医薬中間体のテーマに携わり、その後は研究管理も手掛けた。「ピペリジン関係のテーマなど今につながる成果もあった」と振り返る。ニプロと協業で取り組むジェネリック医薬品には最初からかかわった。「分からないことが多かったが、やるしかなかった」。この経験が自分の成長に大きく寄与したと感じている。
就任後、所員には「今までの流れでいく」と伝えた。トップが変われば、やることが変わるという心配をさせたくない、かつての自分自身の経験からきたものだった。
大学の研究室で有機合成分野の研究がますます好きになった。「毎日、好きな実験ができて、しかもお金がもらえるのは素晴らしいこと」と思ったのが入社のきっかけ。モノづくりに対するこだわりも強かった。
研究管理や副所長時代も全体のテーマは把握していたが、「全テーマに関する成果が分かるのが楽しい」と根っからの研究好き。会社にいる限り研究関係の仕事は全うしたいと願う。
研究所は人材育成の役割も担う。入社間もない若い研究員が多く、ここで経験し、いずれは本社の管理部や工場などさまざまな部署に移る。伊藤和夫社長からも人材育成に対する強い要請があったという。
「人並みに心配症だが、終わってしまえばすぐ忘れる」と切り替えが早いのが利点。若い頃は海外旅行に頻繁に行き、学生時代には40日間もの長期で、入社後も2週間の休みをもらい海外に出て行った。遺跡に興味があり、中東や欧米、アジアなど世界各地を回った。危険性などを抜きにすれば、また中東に行きたい願望もある。
「研究員は自分のテーマを楽しいと思ってほしい」という。ここでも自分の経験にもとづき、没頭しすぎて狭い視野にならないようアドバイスしている。
(児玉和弘)