2014年9月の記事を読む
2014年8月の記事を読む
2014年7月の記事を読む
2014年6月の記事を読む
2014年5月の記事を読む
2014年4月の記事を読む
2014年3月の記事を読む
2014年2月の記事を読む
2014年1月の記事を読む
2013年12月の記事を読む
2013年11月の記事を読む
2013年10月の記事を読む
2013年9月の記事を読む
2013年8月の記事を読む
2013年7月の記事を読む
2013年6月の記事を読む
2013年5月の記事を読む
2013年4月の記事を読む
2013年3月の記事を読む
2013年2月の記事を読む
2013年1月の記事を読む
2012年12月の記事を読む
2012年11月の記事を読む
2012年10月の記事を読む
2012年9月の記事を読む
2012年8月の記事を読む
2012年7月の記事を読む
2012年6月の記事を読む
2012年5月の記事を読む
2012年4月の記事を読む
2012年3月の記事を読む
2012年2月の記事を読む
2012年1月の記事を読む
2011年12月の記事を読む
2011年11月の記事を読む
2011年10月の記事を読む
2011年9月の記事を読む
2011年8月の記事を読む
2011年7月の記事を読む
2011年6月の記事を読む
2011年5月の記事を読む
2011年4月の記事を読む
2011年3月の記事を読む
2011年2月の記事を読む
2011年1月の記事を読む
2010年12月の記事を読む
中国/香港/台湾 越境ビジネス胎動(上)
東南アに視線、商機狙う
華南に拠点を置く日系化学企業が、東南アジア市場に密かに目を向けつつある。付き合いのある企業が東南アジアへと投資先を移しているが、現地で素材・部材の生産拠点が整わないなか、中国から製品を出す事例も増えている。香港や在台湾日系企業も商機を虎視眈々と狙う。国境を越え新たな商流が胎動しつつある現地を歩いた。
(吉水暁)
◇ ◇ ◇
1978年に中国政府が"改革・開放"路線を打ち出して以降、中国経済を牽引してきたのが華南であることは間違いない。13年の地域総生産(GDP)が6兆2164億元に達した広東省はその中核を占め、電機・電子と自動車分野を軸に産業集積が進んだ。同省には多くの日本企業が進出し、在広州日本総領事館や日本貿易振興機構(ジェトロ)の調べでは、自動車や家電メーカーをはじめ約2000社を数えるという。もちろん化学メーカーも少なくない数の工場や営業所を構える。
*生産機能シフト
長らく中国経済の先頭に立っている広東省だが、その成長の一翼を支える電機・電子産業の勢いが鈍くなってきている。背景にあるのは人件費の高騰だ。典型的な労働集約型であるエレクトロニクスやOA機器の工場にとって「急激な労務コスト上昇は辛い」(メーカー)。
とくに組立作業が主体のOA機器の場合、「過去5年、華南で大型投資を実施したのはキヤノンだけ」(日系樹脂メーカー)とのことで、この投資も生産集約が目的だった。日系各社は、人件費がより安いベトナムやフィリピンに生産機能を移管しつつある。能力の新増設が相次ぐ自動車産業とは対照的だ。日系の電機・電子メーカーやOA機器メーカーを主な取引先とする素材メーカーや商社にとって、この流れは死活問題でもある。
*華南に材料頼る
ただ、現地で事業に携わる人々に話を聞く限り、決して悲観論一辺倒ではない。あるエンプラメーカーの営業所長は、その理由を「移転先の東南アジアで素材・部材メーカーの数が十分でないからだ」と説明する。例えば、日本企業の新たな投資先として熱視線を集めるベトナムの場合、裾野産業の集積が不十分であることが指摘されている。もし、あったとしても「先に進出した同業に押さえられている」(同)ことが多々あり、そのため部材や素材の調達に四苦八苦することが少なくない。その結果、地理的にも近い華南の日系素材メーカーに頼らざるを得なくなっているという。同社でも「中国経由でベトナムに製品を輸出する」事例が増えてきているそうだ。
華南ではないものの、菱江化学は化学研磨液を華東にある張家港(江蘇省)の工場からベトナムなどに供給する取り組みを始めている。納入先の求めに応じ、中国での実績を踏まえ国外でも販売することになった。
製品を問わず現地で事業を展開する関係者が口を揃えるのが「改革・開放後の30年近い華南での技術蓄積は侮れない」ということだ。自動車産業が盛んなタイを除けば、日系企業が望む品質の製品をある程度安定的に供給できるようにするのは、一朝一夕でできるものではない。長年の経験を生かし、華南から東南アジアにもその視線の先を向けつつある。
(続く)
【写真説明】ハノイ市郊外の工業団地の風景