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期待したい石化に代わる化学のエース
日本で最初の石油化学コンビナートは三井石油化学岩国。56年前の1958年2月に試運転を始めた。これを契機に石化への新規参入が相次ぎ、「エチレン30万トン」の設備基準もクリアして、73年のエチレン生産量は400万トンを突破した▼石化産業に暗雲が漂ったのは2回の石油危機。連続エチレン増産は74年にストップした。一時的に盛り返したものの第2次石油危機後の80年からは3年連続で減少、"構造不況"という言葉も定着した。そして業界挙げての構造改革が始まった▼石化を想定した産構法も制定、過剰設備処理を行った。その後のバブル時代にエチレン生産は再び右肩上がりに転じ、600万トンを突破した。ただ主力製品の汎用樹脂の収益力が急速に悪化、事業再編が迫られた。90年代半ば以降は、石化企業から切り出された樹脂専業会社が相次ぎ設立された時代だ▼この構造改善では設備能力が温存される一方、輸出の追い風を受けて石化に活況が戻り、07年生産は774万トンと過去最高。二度と超えることのできない記録だろう▼3度目の構造改革の大波が押し寄せている。今年5月の三菱化学鹿島を皮切りに住友化学千葉、旭化成水島のエチレン生産が終了、誘導品の構造改革も具体化した。石化に代わる"化学のエース"をどう育てるのか、期待を込めて見守りたい。