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「新人類」と「ゆとり世代」のパワー
「新人類」という言葉は事実上、死語になっている。1961年生まれ以降のこの世代に対する、前世代の違和感を示した表現として流行語となった。団塊の世代もそうだが、特定の世代が持つ変革のエネルギーというのは決して無視できない▼新人類としては秋元康や松田聖子、清原和博が代表だろう。それぞれの所属する世界において圧倒的な活躍の軌跡を残した。サブカルチャーの発信世代でもある▼新人類に次ぐ世代表現は「ゆとり世代」だろうか。物心ついたときにバブル経済は終わり、右肩上がりの成長が実感できない世代である。詰め込み教育の弊害が指摘され、個性を重視する教育を受けてきたが、ゆとり教育以前の世代からの評判は必ずしも良くない。離職率が高く、辞表をメールで送りつけたりすることが大きく取り上げられた。"ゆとり世代"という表現を使うことはパワーハラスメントという極論すらあり、マイナスイメージがついて回ってきた感もある▼だが、ゆとり教育が目指した問題解決能力、発想力、洞察力は今、日本の様々な組織で渇望される能力ではないか。田中将大や石川遼ら若手プロは、最初から世界に目を向けている。メダルに期待がかかる羽生結弦を筆頭に、ソチ五輪で活躍する若い選手には、これまでとは一線を画す人材の登場を予感させる。