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半導体の潮目の変化を映すセミコン
世界の半導体関係者が集う「セミコン・ジャパン」が閉幕した。日本のエレクトロニクス業界の現状を反映し、3日間の来場者は前年を下回った。一方で、海外からの来場者数は落ちておらず、新規出展者数も増えた。これは日本の半導体製造装置・部材の競争力が依然高いことが背景にある。
セミコンは今回が37回目だが、千葉・幕張メッセでは最後の開催となった。第1回セミコンは1977年、東京・晴海で開催した。80年代に日本の半導体産業は急速に力を付け、日米貿易摩擦の主要議題になるほど急成長を遂げ、日の丸半導体は絶頂期を迎える。
当時のセミコン会場には、巨額の設備投資を続ける日系半導体メーカーに最新製造装置を売り込もうとする国内外ベンダーの熱気が溢れていた。シリコンウエハーが300ミリメートルに大口径化するなど技術革新も目覚ましく、晴海では手狭になり、幕張メッセに開催場所を移したのは90年である。
セミコンへの来場者数が12万6756人とピークを迎えたのは97年、出展者数のピークは01年で1641社・団体に増えた。しかし、今回の来場者数は5万7029人、出展者数は671社・団体で、大きく減少した。太陽電池展との同時開催など関連するイベントとのタイアップで集客に知恵を絞ったが、半導体産業弱体化の流れには抗しきれなかった。
こうした厳しい環境にあるが、明るい話題もある。次世代プロセスである口径450ミリメートルウエハーに関するセミナーは立ち見が出るほどの盛況だった。半導体産業の凋落が始まって10年以上になるが、次世代技術を支える電子材料や装置、エンジニアリングでは依然として日系企業が世界を主導していることの証左である。日本はモノ作りから遠ざかり、国内に残っている半導体工場は東芝やソニーなど数えるほど。それでも部材の世界シェアは60%を堅守する。
いま半導体プロセスは端境期にあり、これから大口径ウエハーやEUV(極紫外線)リソグラフィ技術の導入が進む。こうした次世代技術の開発は日系メーカーが得意とするところである。韓国もシリコンウエハーやレジストの国産化に力を入れるが、先端品は日系の独壇場だ。
しかし、安閑としてはいられない。東京エレクトロンと米アプライドマテリアルズによる世紀の大統合が現実となる時代である。業界トップシェアでも生き残りは容易ではない。来年は24年振りに東京に戻るセミコン、半導体業界の勢いを映す鏡としてどのような変貌を遂げるか、関連産業も含め半導体の巻きかえしに注目したい。