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科学の大衆化と理科離れ
科学が大衆化してきた-。慶応大学が同大の1・2年生を対象に、科学用語の知識と興味度などを調査し、2002年の調査と比較したところ、こんなトレンドがみえた▼自然科学、とくに天文学と物理学を中心とした用語の知識度が大幅に上がった。その原因として、この10年の間に日本人のノーベル賞受賞が相次ぎ、宇宙飛行士の活躍や「はやぶさ」など科学の話題がマスコミに大きく取り上げられたことをあげている。これによって、科学はぐっと身近な存在になった▼一方で、文科省の全国学力テストの結果によると、"理科離れ"が進む実態が浮かび上がっている。同時に行った意識調査では、小中学生とも、国語・算数・数学に比べ"理科好き"が多い一方、中学になると、授業内容の理解度が低くなる。理科好きだったのに、理科離れしていくというわけだ▼科学の用語が身近になり、雑学や話題としてマスコミをにぎわす。この大衆化、けして否定すべきことではない。問題はそこから先、つまり、科学的思考の涵養にどうつなげるかだろう▼「ふしぎだと思うこと これが科学の芽です。よく観察してたしかめ そして考えること これが科学の茎です。そうして最後になぞがとける。これが科学の花です」こう語ったのは朝永振一郎博士。"芽から茎へ"、これが大切だ。