復興のシンボル「奇跡の一本松」と「共徳丸」
公園や空き地に櫓が組まれ、盆踊りの準備が始まっている。まもなく帰省シーズン。年をとっても、この時季は不思議に心が高鳴る。故郷に帰り日常を離れられる期待感ゆえだろうか。けれども、故郷が被災地だったら、こんな心境はないかもしれない▼私事になるが、岩手県の内陸部で生まれ育った。夏には近所の子供会で海水浴に行く。峻険な北上山地を約2時間かけて抜けると、そこは白砂青松の別世界「高田松原」。小学生の目にもその景色の美しさは鮮烈だった。いまは「奇跡の一本松」だけが残る▼その保存方法が決まった。根元から切り倒して幹を輪切りにし、防腐処理後に心棒を通して元の場所に立て直す。震災から丸2年となる来年3月11日の慰霊祭までに作業を終えるという▼こんな歌がある。「日はのぼり日はまた沈むいつのときもわれに凜たり心の一樹」(加藤克巳)。住民にとって一本松が、この歌の一樹のようになってくれればと願う▼県境を越えて隣まちの気仙沼。津波で内陸に流された漁船をモニュメントにして、周辺地域を復興記念公園にすることを検討している。しかし、悲しい記憶が蘇るからあの船は見たくない、撤去してほしいという反対論もある▼諍うことのない思いやりある話し合いが続いてほしい。「共徳丸」の名が泣くことのないように。