【連載】心臓再生に挑む 日本発の技術を追う(下) 富士フイルム
写真技術生かし足場材料
重い心不全の新たな治療法として太ももの筋肉の細胞をシート状にして患部に貼る治療や、心筋となる幹細胞を直接注射する治療が成果を上げつつある。ただ、広い範囲で心筋が壊死している場合はこれらの治療が難しい。そこで次世代の治療として注目を集めているのが、組織工学的な手法によって厚みのあるバイオ心筋(心筋再生組織)を体外で作製して移植する治療だが、立体構造の分厚い組織には栄養や酸素を送る血管ができにくい。この課題を解決するのではないかと期待されているのが富士フイルムが開発した人工たん白質「リコンビナントペプチド(RCP)」だ。
再生医療のなかでも皮膚、角膜といった薄い組織や、軟骨などの毛細血管がない組織は比較的簡単に作製できる。肝臓や心臓など血管や神経の通った立体的な臓器を再生するためには足場となる人工物が必要になるが、細胞が密に詰まった構造の組織を作ることができる足場材料はなかった。
※遺伝子組み換えでコラーゲン※
富士フイルムが開発したRCPは新しい足場材料。ヒトコラーゲンの遺伝子を酵母細胞に組み込み細胞培養した人工たん白質で、長年培ってきた写真フィルムの技術を応用している。ゼラチン(動物性由来コラーゲン)は写真フィルムの分散剤として重要な役割を果たしており、同社はゼラチンの違いなどが画像に大きく影響を与えることから、遺伝子工学によって人工的にゼラチンを作製する技術の開発に長年取り組んできた。当初は写真フィルム用として検討してきたが、人工物は作製にコストがかかるため高付加価値の医療用製品に転換した。
コラーゲンはヒトの体内の全たん白質30%を占めることから、再生医療の足場材料の原料として最も応用されている。RCPは27種類あるコラーゲンのうち骨や皮膚などの中にあるヒト1型コラーゲンを使っている。1型コラーゲンはα1鎖2本とα2鎖1本が集まって形成されているが、α2鎖のなかにアレルギーを引き起こすアミノ酸配列が含まれているため、RCPでは遺伝子組み換え技術によってα1鎖だけを取り出している。α1鎖でも細胞接着配列であるアルギニン、グリシン、アスパラギン酸の3アミノ酸が並んだ4つの配列だけを切り出して直列に並べた構造になっている。
※細胞接着配列で親和性を高める※
1つひとつはヒトコラーゲンのアミノ酸配列であるため安全性が高い。細胞接着配列を含んだものだけを取り出しているので、細胞との親和性が向上すると期待されている。
実際、RCPにヒトの脂肪に含まれる間葉系幹細胞と血管の一部になる細胞を混ぜたところ、1・5センチメートル角で厚さ1ミリメートルの組織になった。同組織をマウスに移植した試験では移植後5日間で血管ができ始め、組織とマウスとの間で血管がつながって血流ができたという。感染リスクのある動物由来ではなく、細胞接着性に優れる足場材料としては世界初という。
RCPは細胞接着性が高く細胞自体が外に貼り付くため、複数の細胞の塊を接着させて培養することでより大きな細胞の塊になる。心筋幹細胞と混合して培養することで、生きた立体構造のバイオ心筋が作れる可能性が出てきたといえる。
(写真=RCPを用いて作製した細胞集合体。この組織をマウスに移植すると5日後に血管ができ始めた)