70回目の命日を迎えた与謝野晶子
初旬に竜巻が猛威をふるった印象が強いからなのか、風薫るとはなかなか思えない五月だった。「風薫る」は漢語の「薫風」を訓読みして和語化したのが語源らしい。はじめは花の香りを運んでくる春の風の意だったが、青葉を吹きわたるさわやかな初夏の風に変化してきた▼百年前、1912年5月のフランス・パリ。日本の有名歌人夫婦が滞在していた。妻が夫への愛を奔放に詠む。「ああ皐月仏蘭西の野は火の色す君も雛罌粟(コクリコ)われも雛罌粟」。雛罌粟はひなげしの花。燃えるような紅い花に共に染まっている幸福感が、コクリコという異国語の美しい響きにのって伝わってくる▼妻は明治の歌壇のみならず文壇全体に圧倒的な新風を吹き込んだ与謝野晶子。妻は夫鉄幹が文芸上のスランプに陥っているのを見かねてフランス行きを勧める。夫は芸術の都パリにいたく感動し妻を呼び寄せる。その出会いかなった時の歌だ▼日露戦争終結後わずか7年のシベリア鉄道。単身旅する日本女性は旧敵国民にどんな目で見られたのか。もしも、両国の戦いへの反戦を勇敢にうたった女傑だと彼らが知ったなら、どんな顔をして驚いただろう。歴史に「もし」は禁句だが、楽しい想像である▼きょう29日は70回目の命日。生地、大阪・堺の覚応寺で晶子忌が開かれる。