桜の吉野と歴史上の人物
東京の桜はほぼ終わったが、各地で桜の季節が続く。奈良県吉野は3万本の桜が下の千本から奥の千本に向かって開花時期をずらして咲きほこり、今月下旬まで壮観な風景が訪れる人を魅了する▼吉野は日本史の舞台となったことでも知られる。縁の深い人物は西行、源義経、後醍醐天皇と多いが、最初に登場したのは、日本古代最大の戦乱である壬申の乱に勝利した大海人皇子。当初は天智天皇の息子である大友皇子を推挙して、自らは出家を申し出て吉野宮に下った▼671年天智天皇が崩御すると、半年後に兵を起こし近江朝軍を圧倒的な勢いで制圧、大友皇子を自決に追い込む。そして673年、天武天皇として即位する▼壬申の乱に先立つ663年の白村江の戦いは、東アジアの勢力図の変化が背景にある。中国は隋を滅ぼした唐の全盛期で、朝鮮半島にも力を広げようとして新羅と結んで百済を攻めた。「倭国」は百済支援に出兵するものの、大敗北を喫し日本に逃げ帰った。この惨敗で唐・新羅に怯え、防衛策に追われることになる▼日本外交の歴史を振り返ると、最近の150年以外は中国と朝鮮と関係が圧倒的に多い。東アジアの勢力図は絶えず変化してきた。押し寄せる難問は21世紀も続きそうだ。先人のように歴史に名前を残せる政治家は誕生するだろうか。