ものづくりを変える人工遺伝子合成
革新的バイオ技術によって細菌のゲノム(全遺伝情報)を人工合成して、副作用のない抗がん剤、高機能新材料など創出しようとする人工遺伝子合成技術開発が2012年度から始まる。わが国の成長戦略につながる既存技術の延長線上にない「未来開拓技術」の新規テーマとして推進する。米国が先行しているが、日本でも優れた研究成果が生まれており、付加価値の高い医薬品のみならず、ガラス繊維や炭素繊維などを代替できるバイオマテリアル、さらに水から水素を低コストで直接製造することも可能な夢のある技術開発である。
10年5月、米国のJ・クレイグ・ベンター研究所は人工的に化学合成したゲノムを持つ細菌を作製して世界的に注目された。これはマイコプラズマ・ミコイデスという細菌のゲノムを人工合成して、別の細菌であるマイコプラズマ・カプリコルムに移植、移植先の細胞を制御させることに成功した。合成ゲノムで細胞の制御に成功したことで、遺伝情報を設計する「人工生命」誕生につながる可能性を示したことになる。
新しい遺伝子を設計して生物を構築する合成生物学と育種技術を融合させることで、ゲノムを設計して有用な物質を生産するバクテリアを作製しようという試みも進んでいる。慶応大学の板谷光泰教授も世界的研究成果を発表している。
経済産業省が始める「革新的バイオマテリアル実現のための人工遺伝子合成技術開発」は、バイオインフォマティクス(生物情報科学)などの最先端バイオ科学の成果を生かす。複雑な高分子化合物を合成して副作用のない抗がん剤など画期的新薬のほか、強度と弾力性などトレードオフの関係にある高機能繊維やプラスチックなどものづくり、バイオ燃料、水から水素の直接生産など環境・エネルギー分野などにも衝撃を与える可能を秘めている。
バイオ技術を使った物質生産に期待は大きかったが、生物内の遺伝子の働きが複雑なため想定外の抑制反応を起こす、手作業による組み換えに手間と時間などのハードルを解決していない。新技術は微生物内の遺伝子の反応全体をシミュレーションによる生物設計図を作成して、人工的に遺伝子を合成し、自動的に細胞に組み入れる装置の開発に取り組む。
目標は5年計画で5万塩基対の微生物の開発を目指す。創製した微生物は触媒作用を持つ酵素の役割を果たすことになる。予算規模は小さいが、わが国が推進するライフイノベーション、グリーンイノベーションに貢献する技術として挑戦的なテーマであることは間違いない。