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2016年12月08日 前へ 前へ次へ 次へ

フィデル・カストロとチェ・ゲバラ

 1956年、フィデル・カストロがチェ・ゲバラなど総勢82人の同志とともにメキシコからキューバに上陸した際に使用したヨット・グランマ号。その定員はわずか12人だった▼またカストロ襲来は時の腐敗権力であるバチスタ政権に筒抜けで、上陸とともにほとんどが死に、生き残ったのはわずか18人のみ。この18人が山中でゲリラ戦を展開、わずか3年後にバチスタ政権を倒して「キューバ革命」を成功させる▼現代の"おとぎ話"であり、これに"ロマン"を感じる若者もまだ少なくない。その証拠に日本を含めた世界中の露天などでいまだによくゲバラの顔写真入りのTシャツ、ポスターなどが売られている▼ゲバラは革命後キューバを去ってボリビアでまたゲリラ兵となり、米国とその傀儡政権に殺される。その何物にもとらわれない生き方が彼のロマン性、英雄性を高めているわけだが、"残された"形のカストロは、ある意味"無責任"なゲバラよりも茨の道を歩んだといえる▼「軽飛行機一つ作れない小国がなんで米国の脅威なんだ」。かってカストロはそういったが、もし驚異といえるなら、それは他ならぬカストロの存在があったからだろう。「おまえは自由気ままに生きて死んでいい気なもんだな。こっちは大変だったぜ」。今頃あの世でゲバラに話しているのだろうか。


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